本ページはプロモーション(広告)が含まれます
前回の特別編で「夫源病」を、命名者の論文まで遡って深掘りしました。書き終えて、ふと手が止まりました。
これ、逆側はどうなんだろう?
前回の夫源病の回で、公平のために「妻源病」という言葉に触れました。でも正直に言うと、あのときは深く調べていませんでした。そして気づいてしまったのです。在宅ワークで一日中家にいるのは、我が家では私のほう。もし「家にいる側がストレス源になる」のなら、火元は私かもしれない──。
これは調べないわけにはいきません。というわけで今回は「妻源病」、つまり妻との関係がストレス源になって夫の心身に不調が出る側を、前回と同じやり方で、一次情報にあたって調べました。
先に申し上げると、この記事は「妻が悪い」という話でも「夫が悪い」という話でもありません。前回と結論は同じ、問題は人ではなく距離感の設計です。ただ、夫側の視点で調べると、夫源病だけを見ていたときには見えなかったものが、いくつも出てきました。
1. 妻源病とは?──夫源病の「鏡像」で、やはり正式な病名ではありません
妻源病(さいげんびょう・つまげんびょう)は、妻の言動や夫婦関係が慢性的なストレス源となって、夫に頭痛・動悸・胃の不調・不眠・気分の落ち込みなどが現れる状態を指す通称です。
夫源病と同じく、正式な医学的診断名ではありません。診断基準も、検証されたチェックリストも、有病率の公的統計も存在しません。
そもそも「夫源病」の命名者である石蔵文信医師の原典論文のタイトルは、「中高年女性を苦しめる夫源病と男性更年期障害」(『女性心身医学』17巻2号、2012年。J-STAGE)。石蔵医師はもともと男性更年期外来の医師で、不調を抱えた夫の側を診察していて、妻の不調に気づいたのです。つまり夫源病という言葉は、最初から「夫も不調である」という景色の中から生まれています。夫側のストレスは、オマケの話ではなく、話の出発点だったわけです。
似た概念に「主人在宅ストレス症候群」があります。心療内科医の黒川順夫医師が1991年に命名したもので、こちらは夫の在宅で妻に症状が出る側(黒川順夫『「主人在宅ストレス症候群」の解』などの著書があります)。夫婦のどちらが在宅になっても、相手のストレス源になり得る──30年以上前から、この問題は両方向で観察されていたことになります。
前回と同じ整理をしておきます。
「妻源病」という独立した病気があるのではなく、配偶者との関係をストレス源として、心身の不調やうつ・不安などが発生・悪化している可能性を示す総称。そしてそれは、夫にも妻にも、どちらにも起こり得る。
実際、夫婦関係の質と健康の関連を調べた126研究・7万2千人超のメタ分析(Roblesほか、Psychological Bulletin 140巻、2014年。PubMed)が対象にしているのは「夫婦」であって、妻だけではありません。関係の質が悪いほど健康指標が悪化する関連は、性別を問わず確認されています。
2. 「夫は加害者、妻は被害者」で固定できない数字
夫源病の記事や書籍では、どうしても「困った夫と、我慢する妻」の構図で語られがちです。でも公的な統計は、そんなに単純ではありません。
内閣府の令和5年度「男女間における暴力に関する調査」では、結婚経験のある人のうち配偶者から何らかの被害(身体的暴行・心理的攻撃・経済的圧迫・性的強要)を受けた経験がある人は、女性27.5%に対して、男性も22.0%にのぼります(内閣府男女共同参画局)。

もちろん被害の深刻度や身の危険の度合いには差があり、この数字だけで「お互いさま」と言うつもりはありません。ただ、配偶者との関係で心身をすり減らすのは女性だけ、という思い込みは、少なくとも統計とは合わないようです。白状すると、私自身、夫源病を先に調べたせいで、知らないうちに「困った夫と我慢する妻」の枠で物事を見ていました。この数字には反省させられました。
そして男性の場合、特有のハードルがあります。
- 「妻がつらい」と口に出すこと自体が恥ずかしいという意識
- 弱音を吐ける相手が職場以外にいない(退職すると相談相手がゼロになる)
- 不調を「年のせい」「気合が足りない」で片付けて受診しない
夫源病より妻源病の情報が圧倒的に少ないのは、症状が少ないからではなく、声が上がりにくいからかもしれません。
3. 見逃されやすい「男性更年期障害(LOH症候群)」との重なり
前回、夫源病と女性の更年期障害の重なりを書きました。妻源病側にも、まったく同じ構図があります。それが男性更年期障害(LOH症候群:加齢男性性腺機能低下症候群)です。
加齢やストレスに伴って男性ホルモン(テストステロン)が減少すると、次のような症状が出ることがあります(日本内分泌学会「男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)」)。
- 気分が沈む、意欲が出ない
- イライラ、不安
- ほてり、発汗、動悸
- 疲れやすい、眠れない
- 性欲の減退
お気づきでしょうか。「妻源病の症状」として語られるものと、ほぼ重なります。
しかも、ここに悪循環が生まれます。テストステロンの低下でイライラや落ち込みが強くなる→家庭での言動がトゲトゲしくなる→夫婦関係が悪化する→ストレスがさらに増える──。石蔵医師が男性更年期外来で夫と妻の両方の不調を目撃したのは、まさにこの循環だったのだと思います。
「妻のせいで体調が悪い」と感じている男性の中に、実は治療できるホルモンの問題が隠れているケースがある。これは今回調べて、いちばん多くの人に知ってほしいと思った事実です。女性の更年期に比べて、男性更年期は本人も家族も気づきにくく、受診にもつながりにくいのです。
4. 妻源病になりやすいのは、どんな状況か
前回と同じで、「なりやすい性格」の検証されたリストは存在しません。でも、リスクが高まりやすい状況なら、統計や研究から推測できます。
状況1:退職して、家庭の中に「自分の領域」がない
長年、家のことを妻が回してきた家庭では、キッチンも収納も生活のリズムも、妻のルールで最適化されています。そこへ退職した夫が一日中いるようになると、夫は言ってみれば「他人の職場に出勤し続ける」状態になります。どこに何があるかわからない。何かすると「やり方が違う」と言われる。居場所は結局、テレビの前だけ──。
総務省の調査で家事関連時間は女性3時間24分・男性51分(令和3年社会生活基本調査)。この差は妻の負担の証拠として前回引用しましたが、裏返せば、多くの夫が家庭運営のスキルと居場所を持たないまま定年を迎えることも意味します。同じ一つの数字が、夫婦両方の生きづらさの説明になっているのです。
状況2:職場を失うと、人間関係もすべて失う
仕事のつながりしか持たない男性は、退職と同時に「役割」「評価」「雑談相手」を一度に失います。孤立は夫婦問題をこじらせる最大の要因のひとつ。妻への依存度が急に上がり、妻からすれば「ぬれ落ち葉」に、夫からすれば「妻しかいない」状態になります。
状況3:男性更年期の年代と、生活の激変期が重なる
50〜60代は、テストステロンの低下、役職定年や退職、親の介護、体力の変化が一気に来る時期です。不調の原因が複数重なっているのに、目の前にいる妻との摩擦だけが「原因」に見えてしまう──前回書いた「全部夫のせいにすると病気を見逃す」の、これは鏡像です。
5. 夫の側ができること──「自分の世界」は夫にこそ必要
前回、私は「在宅ワークという自分の世界が夫源病の予防になっているのでは」と書きました。調べ終えた今、この仮説は夫側にこそ強く当てはまると感じています。夫の退職後の研究で妻の心の健康を左右したのは退職前からの社会参加や就業でしたが(Oshio、Journal of Epidemiology 31巻、2021年。J-STAGE)、役割と人間関係を一度に失うという意味では、退職の当事者である夫のほうが落差は大きいのですから。
具体的にできることを、優先順に挙げます。
- 家庭の中に「担当領域」を持つ:お手伝いではなく、責任ごと引き受ける領域です。ゴミ出しなら袋の補充から分別、収集日の管理まで。風呂掃除でも、庭でも、夕食の週2日でもいい。「妻の職場に間借りする人」から「共同経営者」への転換です。
- 家庭の外に「自分の世界」を持つ:趣味、学び、地域活動、そして在宅ワークや小さな仕事。収入の柱というより、役割と人間関係の柱として。60代からの在宅ワークの始め方は、このブログの在宅ワーク完全ガイドが丸ごと使えます。
- 不調が続くなら受診する:気力で耐える問題ではありません。落ち込み・意欲低下・不眠が続くなら、男性更年期障害の可能性も含めて、泌尿器科・内科・心療内科へ。「年のせい」と自分で診断しないでください。
- 言い方を変える:Iメッセージ(「私は〜だと助かる」という言い方)は夫側にも有効です。「メシまだか」ではなく「12時ごろ昼にしたいんだけど、今日は各自にする?」。主語を自分にするだけで、会話の温度が変わります。
妻の側から見て、夫が心配なとき
夫の不機嫌・引きこもり・急な怒りっぽさが続くとき、「性格が悪くなった」と受け取る前に、うつ状態や男性更年期障害、睡眠の問題が隠れていないか、という視点を持ってみてください。受診を勧めるときは「あなたはおかしい」ではなく、「最近眠れていないみたいで心配。一度血液検査だけでも」と、具体的な事実+心配の形が届きやすいようです。
ただし、ここでも前回と同じ線引きを。怒鳴る、物を壊す、生活費を渡さない、行動を監視する──こうした行為は「夫の不調」では免責されません。病気は行動の説明にはなっても、暴力の言い訳にはならない。危険を感じるなら、DV相談プラス(電話0120-279-889・24時間365日)か、DV相談ナビ「#8008」へ。男性からの相談も受け付けています。
6. 妻源病のよくある質問
Q1. 妻源病は病院で診断してもらえますか?
A. 「妻源病」という診断名がつくことはありません。ただし、症状の背後にある男性更年期障害・うつ状態・不眠・高血圧などは、それぞれ診断と治療の対象です。動悸や胃腸の不調は内科、落ち込みや不眠は心療内科・精神科、意欲低下や性機能の変化を伴うなら泌尿器科が入口になります。
Q2. 夫源病と妻源病、どちらが多いのですか?
A. どちらも正式な病名ではないため、比較できる統計は存在しません。わかっているのは、配偶者からの被害経験が女性27.5%・男性22.0%(内閣府・令和5年度調査)と、両方向で相当数あることまでです。「どちらが多いか」より「どちらにも起こる」と理解するのが正確です。
Q3. 妻の側に悪気がない場合はどうすれば?
A. ほとんどのケースがそうだと思います。長年の習慣で最適化された家庭のルールが、結果として夫の居場所を無くしているだけ、ということは珍しくありません。だからこそ「妻を変える」のではなく、担当領域の再配分と、お互いの一人時間の確保という仕組みの変更が現実的です。月初に15分、A4一枚の「合意メモ」を作る。声かけのタイミング、キッチンの時間帯交代、家事の分担、週1回の別行動デー、そして見直し日。それだけでも十分に回ります。
まとめ:鏡に映しても、答えは同じだった
夫源病を裏側から調べ直して、わかったことは3つです。
- 妻源病も正式な病名ではない。でも夫側の苦痛も本物。しかも男性は声を上げにくく、男性更年期障害という治療可能な問題が見逃されやすい。
- 「加害者と被害者」の構図では捉えきれない。統計は、配偶者関係のストレスが両方向であることを示している。多くの場合、悪者はどちらでもなく、設計されていない距離感が問題。
- 処方箋は夫婦で同じ。家庭内の担当領域、家庭外の自分の世界、そして必要なら受診。とくに「自分の世界を持つ」ことは、退職で役割を失う夫にこそ切実に必要。
前回の特別編と、この記事をセットで読んでいただけたら嬉しいです。夫婦のどちらの側から読んでも、たどり着く場所は同じ──距離感は思いやりの形、です。
参考文献・出典
- 石蔵文信「中高年女性を苦しめる夫源病と男性更年期障害」『女性心身医学』17巻2号、188-192頁、2012年(J-STAGE)
- 黒川順夫『「主人在宅ストレス症候群」の解』(主人在宅ストレス症候群は黒川医師が1991年に命名した概念)
- 内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査」令和5年度調査(gender.go.jp)
- 日本内分泌学会「男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)」(j-endo.jp)
- 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」(stat.go.jp)
- Robles TF, et al. “Marital quality and health: a meta-analytic review.” Psychological Bulletin 140(1), 2014(PubMed)
- Oshio T. Journal of Epidemiology 31(5), 2021(J-STAGE)
- 内閣府「DV相談プラス」(soudanplus.jp)
※本記事は医学的診断・治療の代わりになるものではありません。症状が続く場合は医療機関にご相談ください。
📖 続けて読むなら
→ 卒婚の回「卒婚とは?離婚でも我慢でもない第三の選択肢」
「離婚か我慢かの二択じゃない。籍を残したまま自由に生きる『卒婚』を、お金と法律の落とし穴まで調べました」





