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夫源病、妻源病と夫婦の距離感を調べてきて、何度も目にした言葉があります。
卒婚(そつこん)。
結婚を「卒業」する──離婚を、やわらかく言い換えた言葉のようにも聞こえます。ところが調べてみると、まったく違いました。離婚ではない。かといって我慢して続ける仮面夫婦でもない。籍を残したまま、お互いの人生を尊重して、それぞれ好きに生きる。
「離婚か、我慢か」の二択しかないと思い込んでいた人にとって、これは第三の選択肢です。ただし、いいことずくめの魔法でもありません。お金・法律・現実の落とし穴もちゃんとあります。今回も、言葉の生まれた原典と公的統計にあたって、冷静に調べました。
このまま一緒にいるのはしんどい。でも、離婚までは考えていない。気持ちの置き場所が決まらないままの方に向けて書きました。
卒婚とは?──2004年生まれの、まだ新しい言葉
卒婚とは、婚姻関係は続けたまま、夫婦がお互いに干渉せず、それぞれの人生を歩む生き方を指す言葉です。
出どころははっきりしています。ジャーナリストの杉山由美子さんが2004年の著書『卒婚のススメ』で使った造語で、「卒業」と「結婚」を組み合わせたものです。法律用語でも医学用語でもなく、生き方の提案として生まれた言葉です。
ポイントは3つあります。
- 離婚ではない:籍はそのまま。法律上は夫婦のままです。
- 仮面夫婦とも違う:愛情や信頼が壊れたまま世間体で同居するのではなく、相手を尊重した上で、あえて干渉しないことを二人で選ぶ。
- 形は自由:同居したまま生活を分ける「同居型」も、別々に暮らす「別居型」もあります。
つまり卒婚の核心は、住まいの形ではなく、「夫婦はこうあるべき」という役割の縛りから二人で卒業することなのだと、調べていて理解しました。
なぜ今、卒婚が注目されるのか──数字で見る背景
熟年離婚の割合は上がり続けている
厚生労働省の「人口動態調査」によると、離婚全体の件数は2002年をいちばん多い年として長い目で見ると減ってきた一方で、同居期間20年以上の離婚が全体に占める割合は上がってきており、2024年には23.8%になっています(同居期間の分からない離婚を除いて計算)。離婚する夫婦の5組に1組以上が、20年以上連れ添った夫婦ということです。

図表:同居期間20年以上の離婚の件数と割合(1975〜2024年)
同居期間20年以上の離婚が全体に占める割合は、長い目で見ると上がっています(1975年 5.8% → 2024年 23.8%)。
出典:厚生労働省「人口動態調査」上巻 表10-5(e-Stat・2026年10月3日取得)をもとに作成(割合は同居期間不詳を除いて計算)
昭和25年にはこの割合はわずか数%でした。離婚のうち、長年の結婚生活の末に別れを選ぶ夫婦の割合は、統計上、はっきり上がっています。
「あと30年」をどう暮らすか、という問題
背景にあるのは寿命です。仕事や子育てにひと区切りがついたあとも、人生はまだ20年、30年と続きます。昭和の時代なら「定年後の余生」で済んだ期間が、今は人生の3分の1を占める「第二幕」になりました。このブログでずっと書いてきた「ネオ還暦」の発想そのものです。
その30年を、合わない相手と我慢し合って過ごすのか。財産を分けて完全に他人に戻るのか。──その中間に「籍は残して、生き方は自由に」という道があってもいい。卒婚が注目されるのは、この長い第二幕の現実に、従来の二択が合わなくなってきたからだと思います。
卒婚のメリット・デメリット
メリット
- 戸籍も名字も変わらない:周囲への説明、各種手続き、家族や親族との関係がほぼそのまま。
- 法律上の夫婦の権利が残る:配偶者としての相続権は残り、健康保険の扶養なども、条件に合えば続けられます。
- 病気や介護のときの「最後の砦」が残る:完全に他人に戻るわけではないという安心感。
- 関係が改善することがある:距離を置いたら喧嘩が減り、たまに会うと話が弾む──離れて初めて相手の良さが見える、というのはよく聞く話です。
デメリット・注意点
ここは大事なので、はっきり書きます。
- 法律上は夫婦のまま:民法上、夫婦には同居・協力・扶助の義務があります。生活費(婚姻費用)の分担をどうするかは、卒婚でも消えない論点です。
- 新しいパートナーとの交際は「不貞」になり得る:籍が残っている以上、恋愛は自由ではありません。ここを曖昧にすると、卒婚のつもりが慰謝料問題に変わります。
- お金の取り決めが曖昧だと破綻しやすい:別居型なら住居費が二重にかかります。年金・貯蓄・生活費の分担を決めずに始めるのは危険です。
- 相続はそのまま発生する:良くも悪くも、配偶者は相続人であり続けます。
お金と法律が絡む取り決め(婚姻費用、財産の整理、公正証書の作成など)は、夫婦だけで完結させず、弁護士や公証役場など専門家に確認することを強くおすすめします。この記事はあくまで「卒婚という選択肢の輪郭」までです。
卒婚に向く夫婦、向かない夫婦
調べた範囲と、距離感シリーズで考えてきたことを合わせると、こう整理できます。
向いているのは
- 相手への敵意はないが、生活を共にすることに疲れた夫婦
- お互いに経済的な見通しが立てられる夫婦
- 「相手の自由を尊重する」を、口だけでなく実行できる二人
- 話し合いができる関係(これが大前提です)
向かないのは
- どちらかが一方的に我慢して合意する形(それは卒婚ではなく放置です)
- 経済的にどちらかが極端に依存している場合(取り決めなしの卒婚は生活破綻のリスク)
- そして、暴力・監視・支配がある関係。この場合に必要なのは卒婚の話し合いではなく、安全の確保です。DV相談プラス(電話0120-279-889・24時間365日)、DV相談ナビ「#8008」へ。話し合いより先に、単独で相談してください。
いきなり卒婚の前に──「プチ卒婚」から始める
ここからは私の提案です。
卒婚という言葉はきれいですが、いきなり「卒婚しましょう」と切り出すのは、相手には離婚宣告に聞こえかねません。それに、実は卒婚の中身──お互いに干渉しない、それぞれの世界を持つ、役割の縛りを外す──は、籍や住まいを動かさなくても、今日から部分的に始められるものばかりです。
このシリーズで書いてきた距離感の設計が、そのまま「プチ卒婚」になります。
- 週1回の完全別行動デー(行き先も報告しない日)
- 食事は「毎回一緒」をやめて、月水金の昼は各自
- 寝室や自室を分ける(間取りを変えなくても、家具の置き方や仕切りで作れます)
- 家事は「手伝い」ではなく担当領域ごと分ける
- 月1回15分の「合意メモ」見直しミーティング
これで十分回るなら、卒婚を名乗る必要すらないかもしれません。逆に、プチ卒婚を試しても息苦しさが消えないなら、そのとき初めて、より本格的な形(生活の分離、別居型)を専門家を交えて検討すればいい。距離感は、いきなり最大にしなくても、目盛りを一つずつ動かせるのです。
私の場合は、在宅ワークという自分の世界があるので、「ちょっと仕事をするから」と言いやすくなりました。それで、この目盛りの調整が楽になりました。自分の時間・自分の役割・自分の収入が少しでもあると、「相手がどうするか」に人生を預けなくて済むからです。卒婚を考えるにしても考えないにしても、まず自分の世界を持つことが先──これが距離感シリーズを3本書いてきた私の、変わらない結論です。
その「自分の世界」ができるまでの道のりは、『59歳で、70歳の自分が想像できませんでした』に書いています。
卒婚のよくある質問
Q1. 卒婚と離婚の違いは何ですか?
A. 籍です。離婚は法律上他人に戻りますが、卒婚は夫婦のまま。相続権・扶助義務・名字はすべて残ります。だからこそ身軽な反面、恋愛の自由はありません。
Q2. 卒婚と別居の違いは?
A. 別居は住まいの状態を指す言葉で、卒婚は関係の在り方を指す言葉です。同居のままの卒婚もあれば、別居する卒婚もあります。なお、合意のない一方的な別居は法的な問題(同居義務など)に発展し得るので、形を変える前に必ず二人の合意を形成しましょう。
Q3. 生活費はどうするのですか?
A. 夫婦である以上、収入の多い側が生活費を分担する義務(婚姻費用)は続きます。金額や方法は夫婦の合意次第ですが、口約束は、後々もめることがあります。書面に残す、金額が大きければ公正証書にする──ここは専門家の領域です。
Q4. 子どもや親に説明しづらいのですが。
A. 「卒婚します」と宣言する義務はありません。実際、同居型の卒婚なら、外から見た生活はあまり変わりません。説明するとしても「お互い好きなことをやる時間を増やした」で十分伝わります。言葉より、二人が納得しているかどうかです。
ここから先は、よく寄せられる疑問への答えです。私自身の体験のほかに、質問サイトで見かけた考え方と、公的な情報をもとにまとめました。参考としてお読みください。
Q5. 卒婚を考え始めたら、まず何から?
A. いきなり「卒婚しましょう」と切り出すと、相手には離婚の話に聞こえかねません。この記事では、籍や住まいを動かさなくても始められる「プチ卒婚」から試す形を紹介しています。週1回の別行動の日、昼食は各自、寝室や自室を分ける、家事を担当ごと分ける、月1回15分の見直し。それで十分に回るなら、卒婚を名乗る必要もないかもしれません。
Q6. 相手から卒婚を言い出されたら?
A. 質問サイトの回答で目立ったのは、その場で答えずに、まず自分の暮らしの見通しを立てること、そして取り決めを書面に残すことでした。卒婚でも、法律上は夫婦のままです。生活費(婚姻費用)の分担も、相続も残ります。お金、住まい、家事、連絡の取り方を一つずつ確かめ、大事な取り決めは、弁護士や公証役場に相談してください。どこに相談すればよいか分からないときは、法テラスのサポートダイヤル(0570-078374・平日9時から21時、土曜9時から17時)が窓口を案内しています。暴力や支配があるなら、話し合いより先に、安全を確保してください。
Q7. 卒婚は「ずるい」と言われたら?
A. 卒婚は籍が残る形なので、恋愛の自由はありません。新しい相手との交際は、不貞にあたり得ます。質問サイトでも、まわりの「ずるい」という声より、この法律の線のほうが大事だ、という回答がありました。まわりへの説明については、この記事の Q4 に、宣言する義務はなく、説明するとしても「お互い好きなことをやる時間を増やした」で伝わる、と書いています。
Q8. 卒婚の後、住まいはどうする?
A. 同居したまま生活を分ける「同居型」と、別々に暮らす「別居型」があります。別居型は住居費が二重にかかるので、年金や貯蓄、生活費の分担を先に決めておくことが欠かせません。質問サイトでも、自分の収入や資産で、どのくらい暮らせるかを先に計算しておく、という声が目立ちました。同居型なら、間取りを変えなくても、家具の置き方や仕切りで自室を作れます。
Q9. 卒婚の後、病気や介護のときは?
A. 籍が残る卒婚では、配偶者としての立場も残ります。完全に他人に戻るわけではないことは、病気や介護のときの安心にもなります。一方で、質問サイトには、相手の世話をしない形を選ぶなら、自分が病気になったときに頼れないことも考えておいたほうがよい、という意見もありました。どちらかが倒れたら誰に連絡するか、お金はどこから出すかも、卒婚の取り決めの論点の一つです。
まとめ:卒婚は「ゴール」ではなく「選択肢を知っておくこと」
- 卒婚とは、籍を残したままお互いの人生を尊重して自由に生きる形。2004年の『卒婚のススメ』から生まれた、まだ新しい言葉
- 背景には熟年離婚の割合の上昇と長い第二幕。同居20年以上の離婚は全体の23.8%(2024年)まで上昇している
- ただし法律上は夫婦のまま。お金と恋愛の扱いを曖昧にした卒婚は危険。取り決めは専門家を交えて
- いきなり卒婚しなくていい。別行動デーや担当領域の分担といった「プチ卒婚」から目盛りを動かせる
離婚か我慢かの二択で行き詰まっている人にとって、第三の選択肢があると知るだけでも、少し呼吸が楽になるのではないでしょうか。選ぶかどうかは別として、知っておく価値のある言葉だと思います。
参考文献・出典
- 杉山由美子『卒婚のススメ』静山社文庫ほか、2004年(造語の初出。Amazon)
- 厚生労働省「令和4年度 離婚に関する統計」人口動態統計特殊報告(概況PDF)
- 厚生労働省「離婚に関する統計」人口動態統計特殊報告・同居期間別にみた離婚(昭和25年の割合。mhlw.go.jp)
- 厚生労働省「人口動態調査」上巻 表10-5「年次別にみた同居期間別離婚件数及び百分率並びに平均同居期間」(e-Stat・2026年10月3日取得)
- 内閣府「DV相談プラス」(soudanplus.jp)
※婚姻費用・財産・相続など法律とお金に関わる判断は、弁護士等の専門家にご相談ください。本記事は一般的な情報提供です。
📖 続けて読むなら
→ 家庭内別居の回「家庭内別居は終わりの形か?設計された距離なら夫婦を守る技術になる」
「シリーズの結びの回です。家庭内別居には正反対の2種類が混ざっている、という切り分けの話をしています」













