59歳で、70歳の自分が想像できませんでした|電話の仕事30年からの学び直し実録

学び直し編のアイキャッチ。59歳で、70歳の自分が想像できませんでした、電話の仕事30年からの学び直し実録。オカメインコとウロコインコの小鳥さんたちが描かれたイラスト入り。

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59歳のある日、私は自宅で、次の電話を待っていました。

70歳になっても、こうして電話を受けているのかな。そう考えてみたのですが、どうしても、その姿が浮かびませんでした。

この記事は、そこから始まる話です。

このブログには、働き方や学び直しの記事がいくつもあります。そのあちこちに、私自身の話を数行ずつ書いてきました。ここでは、それを一本の道としてお話しします。電話の仕事を30年あまり続けてきた私が、59歳で立ち止まり、IT の知識ゼロから学び、友人の農園のサイトを作り、このブログを始めて、いまの狙いに落ち着くまでの話です。

うまくいった話ばかりではありません。土俵に上がる前のところで、ひとりで転んでいた話のほうが多いくらいです。それでも、いまも歩いています。


電話の仕事、30年

私は、電話のオペレーターとして30年あまり働いてきました。

たぶん、何千人、何万人という方とお話ししたと思います。そのなかで身にしみたのは、「急がば回れ」ということです。手を抜いたり省略したりすると、そこで詰まって、あとで跳ね返ってきます。少々面倒でも、丁寧に説明するほうが、結局はうまくいきます。

一つお伝えすれば百わかる方もいれば、その一つを説明するのに何十分とかかる方もいます。言葉って難しいな、と思います。

オペレーターをしていたくせに、と言われそうですが、私は人と話をするのがあまり得意ではありません。オペレーターの仕事は、お客さまの質問に応じて説明をする仕事で、テーマも話の流れも決まっています。会話というより、説明なのだと思います。自分から人に働きかけていくのは、私にとっては、とてもエネルギーの要ることでした。

いまも覚えている電話が、1本あります。まだコールセンターに通勤していたころの話です。

ほかのオペレーターが受けた件のことで、たいへんお怒りのお客さまからのお電話を、私が受けました。お話をお聞きして、お詫びして、ご説明する。それを1時間近く、一生懸命に続けました。

最後にお客さまは、「よくわかった」とおっしゃいました。そして、「あなたのような人がいて、自分が経営者だったら、抜擢して活躍してもらう」と言ってくださったのです。とても嬉しかったことを、いまも覚えています。

一人ひとりのお電話の地道な積み重ねが、いまの私を作っています。


48歳、自宅で電話を受けるようになる

長く勤めたコールセンターが、会社の事情で閉鎖されることになりました。閉まるまでには、1年近くの猶予があったと思います。

寂しかったです。私は、その会社が好きで、その業界が好きでした。

仲間のなかには、残る拠点へ移る人も、同じ業界のほかの会社へ行く人も、多くいました。私は、電話の仕事を続けることにしました。ほかの仕事に変えることは、考えませんでした。営業ではなく、お電話を受けてご案内をする。それまでと同じ内容の仕事を探しました。

在宅でそれができると知ったのは、同僚からでした。転職を考えていたその人が、探し方まで具体的に教えてくれました。そういう働き方があると知らなければ、調べようもなかったと思います。

48歳のとき、私は大勢の同僚と机を並べる職場を離れ、自宅で電話を受ける働き方に変えました。まったく違う業界で、仕事は同じオペレーター、そして在宅です。仲間のなかでは、ちょっと珍しい進路だったかもしれません。

最初に用意したのは、ヘッドセットでした。仕事の生命線なので、ここは張り込みました。

仕事の中身は、会社にいたころと変わりません。いちばん違ったのは、困ったお電話を、自分ひとりで受け止めなければいけないことでした(道具のことも、「上の者を出せ」と言われた時のことも、『在宅ワーク職種ガイド』に書きました)。

つらい電話のあとも、長く席を離れることはできません。手洗いに立つくらいのわずかな時間に、小鳥さんのところへ行くのが、救いでした。

お金のことでも、初めて知ったことがあります。在宅の電話の仕事には、時給ではなく、応対1本ごとに報酬が決まる出来高制の場合があるのです。

たとえば、応対1本が100円だとします。電話が多くて1時間に12本あれば、1,200円になります。でも、とても暇で5本しかなければ、1時間待っていても500円にしかなりません。

そのうち私は、外でコーヒーを1杯飲むときにも、「この500円を稼ぐために、私は何人の方とお話ししなければいけないんだろう」と考えるようになりました。何をするにも、何を買うにも、そのために積み上げる労力を数えてしまいます。その考え方が切なくなって、私は時給制の仕事だけを受けるようになりました。


59歳、次の電話を待ちながら

その日も私は、仕事をしていました。次の電話を待っている時でした。

いつまで、この仕事ができるんだろう。70歳になっても、新しいクライアントさんのルールを覚えながら、毎日同じように電話の応対をしているのかな。

そう考えてみたのですが、いまひとつ、ぴんと来ませんでした。

持っていた宅地建物取引士の資格をいかす道も考えました。けれど、心は動きませんでした。

もう一つ、ずっと気になっていたことがあります。友人の農園のことです。

とてもお世話になってきた友人が、ブルーベリーを自分のサイトから直接売れるようにしたいと、長いあいだ思っていました。けれど畑仕事が忙しすぎて、手が回りません。

誰がやるのか。スキルはないけれど、気持ちがあるのは私だけじゃないか。ある日はっきりそう決めた、というのではありません。ずっと見ているうちに、じわじわ、そう思うようになっていました。

私は根っからの文系で、パソコンのトラブルが起きると、何日も気持ちが沈んでしまいます。だから、パソコンとは距離を置いてきました。

そこへ、「70歳になっても、いまのままなのかな」が重なりました。もっと長く、無理なく続けられる仕事はないだろうか。手に職がなければ、手に職をつければいい。これからの時代は、ウェブだ、ネットだ。距離を置いてきたけれど、やっぱりパソコンだよね、という所に行き着きました。


比べもせず、説明会に申し込みました

そう思っていた私の目に入ったのが、WEBマーケターの講座を紹介する1枚のページでした。

「ああ、こんなのがあるんだ」と嬉しくなりました。農園のことも、70歳の自分のことも、ここで全部つながったのです。

無料の説明会があったので、何の迷いもなく申し込みました。知らないことを知ることができる。そのワクワク感でいっぱいで、ボタンを力いっぱい押したのを覚えています。

誰にも相談していません。これからどうするかも、まだ決めていない段階でした。自分のことなので、自分で決めました。

もともと私は、物事を決めるときに、あまり悩まない性格です。ほかの講座と比べることもしませんでした。似た講座がたくさんあることすら、知らなかったのです。

説明をしてくださった方のお話を聞きながら、私は「この人が言うなら、やってみよう」と思いました。

ネットは、もともと苦手な分野でした。努力をするのも、得意ではありません。それでも、知らないことを学ぶのは楽しそうだと感じたので、すぐに、やると決めました。


IT の知識ゼロの4か月

講座は3か月でした。私は途中で1か月お休みしたので、始めてから終えるまでは4か月です。

そのころの私は、LP とサイトとブログの違いも知りませんでした。Zoom も、初めてでした。

いちばん困ったのは、文書や表計算の道具の使い方が、そもそもわかっていなかったことです。先生の添削を、返事の仕方がわからずに全部消してしまったこともあります(その話は『在宅ワークの道具とAI活用法』に書きました)。

講座が進むにつれて、ホームページやマーケティングの仕組みが、少しずつわかってきました。すると、友人の農園のホームページをどう直せばいいのか、道筋がうっすらと見えてきます。そうなると、「もうちょっと頑張ろう」と思えました。

やめようかと思ったことは、ありません。ただ、カリキュラムをこなしきれるだろうかと心配になったことは、よくありました。

在宅の電話の仕事は、最初は続けていました。けれど、課題の量がだんだん増えてきて、働きながら勉強するのは、私のキャパを超えていました。これからの仕事をウェブでやっていくなら、きちんと身につけなければいけません。中途半端にならないように、電話の仕事は、きっぱりやめました。退路を断ちました。

収入がなくなるな、ああ、という気持ちは、ありました。

そして講座の途中から、学んだことを実地で試す場として、友人の農園のサイトづくりを始めました。


最初の実地は、友人の農園のサイトでした

初めて人に読んでもらった私の文章は、この農園のサイトの記事です。

作り始めてから公開まで、半年近くかかりました。そのいきさつは『頼まれていないのに、友人の農園のサイトを作りました』に書いています。押しかけた理由も、写真の反省も、そちらにあります。

できあがったサイトを友人に見せた時の反応は、正直、薄いものでした。認めてもらえたと感じたのは、何か月か経ってからです。

その後、サイトは「冷凍ブルーベリー」に関わる言葉の検索で1位を取り、農園のブルーベリーが全国のお客さんに届くようになりました。検索の順位は動いていくものなので、いまもそう、というわけではありません。


学び続けながら、転びながら

講座を終えたあとも、知らないことだらけでした。全部学びたいのですが、全部学ぼうとすると、とんでもない金額になります。

そこで私は、いきなりお金を払うのではなく、まず無料の説明会や勉強会に出て、自分に必要かどうかを考えるようにしました。お金を払って受けたのは、最初に学んだことの延長にある講座だけです。好きな分野のデザインは、無料の勉強会に参加しました。

転んだことも、あります。

仕事を探していたころ、応募のときの「テスト案件」で、言われるままに資料を受け取って、納品しました。結果については何も言われず、そのまま連絡が途絶えました。私も引っかかってしまったのだな、と思います(この手口のことは、『安全な案件の探し方』に書きました)。

英語のサイトの無料のお試しで、返金に苦労したことも、二度あります(『在宅ワークの道具とAI活用法』)。

デザインの道具も、最初は使い方がまったくわからないまま、必要に迫られて使いました。試行錯誤の独学で、むちゃくちゃでした。そのあと学び直して、少しましになりました。


自分のブログを始める

農園のサイトがひと区切りついて、私は自分のブログを始めました。この「ネオ還暦」です。

特別なきっかけがあったわけではありません。70歳になっても仕事をしていたい、というのがもともとの希望で、次の仕事を探していました。

トップの絵と動画は、私が作りました。当時は「レイヤー」という言葉も知らないまま、一つ一つ、図を重ねていきました。動画は、独学ではどうにもならず、1対1のレッスンで教わって、やっと形になりました(『スキル習得ロードマップ』)。

どうしても、大切な小鳥と一緒に、新しい景色の中を飛びたかったのです。

いまなら、同じことがあっという間にできると思います。それでも、いまなら決してやらない作業をすることができたのは、いい経験でした。できあがったものは、手前味噌ですが、素朴だなと思います。


立っている土俵が違う、と気づくまで

ここからが、いちばん長く迷った所です。

一緒に学んだ仲間は、私より10も20も、なかには30も年下の方々でした。働くこと、収入を得ることに、とても積極的です。仕事を取ってくるにも、営業をするにも、どんどん動きます。もともとネットに親しんできた方も多くいらっしゃいました。

起業する人がいて、声をかけられる人がいて、大きな案件を受ける人がいました。その様子を見て、私は焦りました。マーケティングの仕事がいいのか、営業の支援がいいのか、それとも起業なのか。進む道が決まらないまま、迷走していました。

私から見れば、みんなすごいな、という感じです。私には、その元気も、積極性も、そこまで強い動機もありませんでした。正直に言えば、「社会とつながっていられたら、それでいい」という気持ちもありました。原動力が、違ったのです。

仕事を紹介するサイトで探してみても、結局は、仕事を取ってこなければいけません。それが、70歳になってもできるだろうか。クライアントさんと打ち合わせを重ねて、70歳になっても現役で走っていけるだろうか。

いろんな場面を思い浮かべてみて、「いや、無理そう」と思いました。

そこでようやく、私の立っている土俵は、仲間とは違うのだと、いまの自分を認めることができました。

それなら、ブログです。最初に頑張って作って、あとは手入れを続けていく。そういうブログなら、自分のペースで、そのたびに打ち合わせをすることなく、長く続けていけるのではないか。

そう考えて、私は、そこに落ち着きました。


学び直しの実録のよくある質問

ここから先は、よく寄せられる疑問への答えです。私自身の体験のほかに、この記事で調べた資料と、公的な情報をもとにまとめました。参考としてお読みください。

Q1. いまから学び直しても、遅くない?

A. 遅いかどうかを決める物差しは、この記事には書いていません。この記事を書いた私は、IT の知識ゼロから講座に申し込みました。LP とサイトとブログの違いも、知りませんでした。途中で1か月休みましたが、4か月で講座を終えました。そのあと、一緒に学んだ仲間とは立っている土俵が違うと気づき、自分のペースで長く続けられる形を選びました。いまも、学びながら歩いている途中です。

Q2. 何を学ぶか、どう決めた?

A. この記事を書いた私は、比べもせずに決めました。70歳になっても同じ姿でいる自分が想像できず、「手に職がなければ、手に職をつければいい」と思っていた時に、WEB マーケターの講座を紹介するページが目に入り、無料の説明会に申し込みました。友人の農園のサイトを直したい、という気持ちも、そこでつながりました。2つ目からの選び方は、『いまから始める学び直しガイド』に書いています。

Q3. 続けるお金と時間は?

A. 時間=講座は3か月で、私は途中で1か月休んだので、4か月かかりました。課題の量が増えて、働きながらの勉強は私のキャパを超えたので、在宅の電話の仕事はやめました。収入がなくなる、という気持ちはありました。お金=講座を終えたあとは、いきなりお金を払わず、まず無料の説明会や勉強会に出て、自分に必要かどうかを考えるようにしました。お金を払ったのは、最初に学んだことの延長にある講座だけです。講座によっては、受講料の一部が戻る「教育訓練給付金」の制度があります(厚生労働省。条件や対象の講座は、厚生労働省のページかハローワークで確かめられます)。


いま思うこと

59歳の私は、70歳の自分が想像できませんでした。

いまは、自分のペースで長く続けていけそうな形に、ようやく落ち着いたところです。

このブログを書いている時間は、自分と向き合っている時間のように感じます。

次の電話を待っていたころと、いちばん変わったのは、次に何をするかを、自分で考えるようになったことです。シフトが決まっていて、明日は何時から、と自動的に決まるのではありません。自分で決めて、自分で動いて、それが自分に返ってきます。

在宅の仕事で思い描いていたのは、温泉旅行の費用が出せたらいいな、というくらいの収入でした。私は、生きがいが先にあって、そこにお小遣いがついてくれば最高、という型なのだと思います。

「5年続けても苦にならない仕事」は、実は、まだ探している途中です。易しすぎてもだれるし、難しすぎても疲れます。

それでも、わかってきたことがあります。私にできるかもしれないのは、言葉が関わることです。そして、心が動くのは、人に喜んでもらうことです。

このブログは、その二つが重なる場所です。

もしあなたも、仕事の合間に、あるいは家でひと息ついた時に、「このままなのかな」と思うことがあるのなら。私は、隣でまだ歩いている途中です。ゆっくり、ご一緒しましょう。


この記事に出てきた話は、それぞれの記事にくわしく書いています。

59歳で説明会に申し込んだのは、この講座です。

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